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国際交流員エッセイ

"日本の一番美味しい味" 司 穎 (中国)


  「日本料理は大丈夫ですか。」「刺身は食べられますか。」などと、よく日本人に聞かれます。その中で、一番答え難いのは「何が一番おいしいと思いますか。」という質問です。

 考えてみれば、日本の刺身、ステーキ、てんぷら、お鮨、ラーメン、そば等、それぞれのおいしさがあると思いますから、その中で一番おいしいものがどれだと、なかなか言いにくいです。

大半の日本料理があっさりしていて、ヘルシーですから、最近中国でも人気があります。私のふるさとの遼寧省瀋陽市にも日本料理のお店がだいぶ増えてきました。一昨年、職場の忘年会は私の勧めで日本料理のお店で行われました。味もそこそこのお店で、日本酒も飲みやすいので、みんなすごく盛り上がりました。

 その時、ロシア語の通訳が刺身をたくさん食べているのを見て、びっくりしました。(普通の中国人は刺身を食べなれない人が多いです。)「刺身がお好きですか。」と聞いてみたら、「いいえ、醤油がおいしいです。でも、醤油だけ食べるわけにもいきませんから、刺身に付けて食べているよ」と言われました。それを聞いてみんな大笑いしましたが、考えてみれば、中国の日本料理のお店の食材はだいたい中国国内で仕入れています。瀋陽市は海辺の都市ではありませんから、魚はそれほど美味しくないと思います。でも、調味料は必ず日本から輸入したもの、あるいは日系企業の製品を使っていますから、日本の味とほぼ同じだと思います。ですから、それほど美味しくない刺身を日本の醤油につけたら、結構おいしくなります()

日本のスーパーに入ると、ソース、タレ、麺つゆなどの調味料がたくさん並んでいます。日本で買った焼肉のタレを中国の焼肉屋で付けて食べると、味がとても美味しくなったし、麺つゆで大根、たけのこなどの料理を作ったら、非常に好評でした。もし、日本のレストランで、頼んだ料理がそれほど美味しくないと思われたら、つい醤油などに手を伸ばすのではないでしょうか。日本の調味料の味で味覚を十分満足させることができると思います。でも、日本の一番おいしい味はソース、醤油等の調味料と答えたなら笑われるかな。

 

"故郷で観光" エヴェルソン・レモス (ブラジル)

 

去年のクリスマスから2週間、ブラジルに帰りました。長い間外国に在住してから帰ってみたら、故郷の何もがおもしろく見えました。

一つ印象的なのは、刺青の普及でした。地下鉄やバスに乗っている間、様々な刺青を発見しました。耳の後ろに小さな小枝という控え目なものから、おっぱい両方にサクランボという超派手なやつまで、いろいろでした。持ち主はごく普通の人に見えますが、刺青だけが大胆で、更におもしろかったです。たまたま耳に入った話から、ブラジルでも刺青はまだ社会から完全には認容されていないことが分かりました。両肩に大きな刺青をしていた女子がそばに歩いていた人にこう語っていました。「もう一つしたかったけど、これ以上だと就職が難しくなりそうだからね」、と。ということは、だれでも刺青をしてもいいけど、ある範囲を超えると就職に引っかかるのか、こういう国なんだ、と思いました(自分の国ですが)。

故郷にいる間、小さくて汚そうな店で食べるのもかなり楽しかったです。僕は、日替わりランチを注文するのが好きです。店に入ったら「今日の日替わり」という看板がなかったから、店の人に聞きました。彼は「bife a role:ビフィ・ア・ホレ」、と。「それでいい。」いやぁ、おいしく食べました。「うち」にいる気持ちは最高ですね。僕は、たまたま看板がなくても「日替わりランチ」が必ずあることが分かっています。店の人に「今日の日替わりは?」と聞くと、返事は速やかに、自然に返ってきました。「ビフィ・ア・ホレ」というのは、爪楊枝でとめられた、ベーコンと野菜が入っている牛肉のロールなのです。それらはウィキペディアに載っていないが、僕にはわかっています。ブラジルを出る前までは考えたことがなかったことですが、久しぶりに帰国して最高に快適な気分でした。

今回の一時帰国は、なんだか非常によく知っている外国を訪れているような気持ちでした。楽しい気分ですね。これからもしばらく日本にいることになっていますが、たまにはちゃんと実家に帰るように頑張ります。

 

"日本のエコ、アメリカのグリーン" 堀口 陽世 (アメリカ)

 

アメリカでは環境に優しい物や行動は「グリーン」()と言います。日本でも最近は環境問題に対する意識が高くなってきて、「エコ」という言葉がよく聞こえてきます。私は小さい時から「地球に優しくする」ということに拘っているので、アメリカか日本のどちらの国のほうが環境に優しくしているかと考えることがあります。

交通手段を考えれば、日本のほうが環境に優しいと思います。日本の公共交通機関はとても優れていて、新幹線や電車は世界的に有名です。大都市に住んでいなくても、電車やバスで生活できる人は多いです。また、自転車で通勤する人も少なくは無く、背広で自転車を乗っている人も珍しくありません。

アメリカでは、ニューヨークやワシントンD.C.に住んでいる人は地下鉄等で生活できても、全体的には車社会です。私が育ったロサンゼルス郊外では、どこに行くにも車が必要でした。電車なんて無く、バスは大変不便でした。自転車に乗る人は子供と特別に趣味がある人だけというイメージで、スーツを着て自転車に乗っている人なんて見たことありません。空気汚染の関係で車を減らそうという傾向になってきましたが、日本に追いつくにはまだまだです。

しかし、車に関して一つの面では日本のほうが地球に悪いと思います。それは、車をあまり長く使わないことです。アメリカでは新車の値段は高いですが、日本のような車検が無く、車が古くなるほど保険も安くなるので、古くなるまで車を運転している人が多いです。日本人は大体のものを大切にするのに、生産に沢山の資源が必要な車を早く処分してしまうことになるのは残念です。

ゴミの課題は日本とアメリカを比較したら興味深いです。日本に来て初めてリサイクルを出しにいった時、紙・プラスチック・ガラスときちんと分別してきれいに並んでいるのを見て本当にびっくりしました。しかし、リサイクルの習慣が整っている一方、無駄なゴミの量も多いです。デパートで何を買っても紙に包まれ、それを箱に入れられ、また包装紙に包まれリボンなどが付き、最後に袋に入れられる、というパターンです。身近なものでもゴミになる部分が多いです。煎餅やクッキーは一枚・一個ずつプラスチックに包まれていることがよくあり、沢山ゴミが出ます。私は悲しくなるので、一つ一つ袋に入っているお菓子はなるべく買わないことにしています。アメリカ人にとってはとても不思議な過剰包装です。

日本もアメリカも消費量が高い先進国として責任を持ち、お互いに見習ってほしいことがあると思います。

"故郷で観光" エヴェルソン・レモス (ブラジル)

 

去年のクリスマスから2週間、ブラジルに帰りました。長い間外国に在住してから帰ってみたら、故郷の何もがおもしろく見えました。

一つ印象的なのは、刺青の普及でした。地下鉄やバスに乗っている間、様々な刺青を発見しました。耳の後ろに小さな小枝という控え目なものから、おっぱい両方にサクランボという超派手なやつまで、いろいろでした。持ち主はごく普通の人に見えますが、刺青だけが大胆で、更におもしろかったです。たまたま耳に入った話から、ブラジルでも刺青はまだ社会から完全には認容されていないことが分かりました。両肩に大きな刺青をしていた女子がそばに歩いていた人にこう語っていました。「もう一つしたかったけど、これ以上だと就職が難しくなりそうだからね」、と。ということは、だれでも刺青をしてもいいけど、ある範囲を超えると就職に引っかかるのか、こういう国なんだ、と思いました(自分の国ですが)。

故郷にいる間、小さくて汚そうな店で食べるのもかなり楽しかったです。僕は、日替わりランチを注文するのが好きです。店に入ったら「今日の日替わり」という看板がなかったから、店の人に聞きました。彼は「bife a role:ビフィ・ア・ホレ」、と。「それでいい。」いやぁ、おいしく食べました。「うち」にいる気持ちは最高ですね。僕は、たまたま看板がなくても「日替わりランチ」が必ずあることが分かっています。店の人に「今日の日替わりは?」と聞くと、返事は速やかに、自然に返ってきました。「ビフィ・ア・ホレ」というのは、爪楊枝でとめられた、ベーコンと野菜が入っている牛肉のロールなのです。それらはウィキペディアに載っていないが、僕にはわかっています。ブラジルを出る前までは考えたことがなかったことですが、久しぶりに帰国して最高に快適な気分でした。

今回の一時帰国は、なんだか非常によく知っている外国を訪れているような気持ちでした。楽しい気分ですね。これからもしばらく日本にいることになっていますが、たまにはちゃんと実家に帰るように頑張ります。

 

"日本のエコ、アメリカのグリーン" 堀口 陽世 (アメリカ)

 

アメリカでは環境に優しい物や行動は「グリーン」()と言います。日本でも最近は環境問題に対する意識が高くなってきて、「エコ」という言葉がよく聞こえてきます。私は小さい時から「地球に優しくする」ということに拘っているので、アメリカか日本のどちらの国のほうが環境に優しくしているかと考えることがあります。

交通手段を考えれば、日本のほうが環境に優しいと思います。日本の公共交通機関はとても優れていて、新幹線や電車は世界的に有名です。大都市に住んでいなくても、電車やバスで生活できる人は多いです。また、自転車で通勤する人も少なくは無く、背広で自転車を乗っている人も珍しくありません。

アメリカでは、ニューヨークやワシントンD.C.に住んでいる人は地下鉄等で生活できても、全体的には車社会です。私が育ったロサンゼルス郊外では、どこに行くにも車が必要でした。電車なんて無く、バスは大変不便でした。自転車に乗る人は子供と特別に趣味がある人だけというイメージで、スーツを着て自転車に乗っている人なんて見たことありません。空気汚染の関係で車を減らそうという傾向になってきましたが、日本に追いつくにはまだまだです。

しかし、車に関して一つの面では日本のほうが地球に悪いと思います。それは、車をあまり長く使わないことです。アメリカでは新車の値段は高いですが、日本のような車検が無く、車が古くなるほど保険も安くなるので、古くなるまで車を運転している人が多いです。日本人は大体のものを大切にするのに、生産に沢山の資源が必要な車を早く処分してしまうことになるのは残念です。

ゴミの課題は日本とアメリカを比較したら興味深いです。日本に来て初めてリサイクルを出しにいった時、紙・プラスチック・ガラスときちんと分別してきれいに並んでいるのを見て本当にびっくりしました。しかし、リサイクルの習慣が整っている一方、無駄なゴミの量も多いです。デパートで何を買っても紙に包まれ、それを箱に入れられ、また包装紙に包まれリボンなどが付き、最後に袋に入れられる、というパターンです。身近なものでもゴミになる部分が多いです。煎餅やクッキーは一枚・一個ずつプラスチックに包まれていることがよくあり、沢山ゴミが出ます。私は悲しくなるので、一つ一つ袋に入っているお菓子はなるべく買わないことにしています。アメリカ人にとってはとても不思議な過剰包装です。

日本もアメリカも消費量が高い先進国として責任を持ち、お互いに見習ってほしいことがあると思います。


"ロシアの冬" シェルバチュク・アナスタシア (ロシア)

皆さんに「ロシアはどんなところですか?」と聞いたら、「寒い国」というイメージがあるのでしょうか。私は今日、ロシアの冬について話したいと思います。 

ロシアは世界一広い国ですが、ロシアの面積の77%は一番気候が厳しいシベリア地方です。例えば、イルクーツク、クラスノヤルスク、ノボシビルスクというシベリアの大都市に行けば、冬の気温は氷点下3040度というのは普通のことで、ヤクーチヤ共和国のオイミャコンは世界の寒極地の一か所であります。そこの1月の平均気温は-61度で、こんなに寒い所に人が住み、働いているのは世界のここだけです。しかしロシアは寒いところばかりでなく、例えば、ロシアの南西部にあり、黒海に臨んでいるソチ市は2014年冬季オリンピックの開催地となりますが、亜熱帯に位置するので、冬の平均気温は5度で、マイナス気温になりません。 

ロシアの冬は確かに寒いイメージがしますが、ロシアの冬は日本より暖かく感じる理由がいくつかあります。まず、ロシアにはセントラルヒーティングがあり、家の中は一年中20℃以上の室温が保たれ、暖かくてシャツ一枚で過ごせます。そして外出の際、毛皮の服を着れば寒く感じないのです。ロシアは冬が寒いところでも夏がちゃんと暖かくて、30℃まで気温が上がります。日本に一番近く位置する私の出身地である沿海地方は北海道と同じくらいの緯度にありますので、気候も似ています。

ロシアの生活スタイルや習慣は厳しい気候への適応から来ています。冬に野菜などを取れないので、夏の間に別荘(ダーチャ、郊外の家)で植えた野菜を塩漬け、マリネし、ベリー類からジャムを作り、冬に足りないビタミンをそれを食べながら補います。そして不思議に思われるかもしれませんが、厳しい気候の中で生活しているので、何でも自分でやる傾向が強いです。例えば、家の家具、電気製品などが壊れたとき、業者に頼むのではなく、まず自分で直したりします。家の修理、リフォーム、壁紙の貼り付けなども自分でするのが好きです。私もロシアに住んでいたとき、壁紙を業者に張ってもらいましたが、それにペンキを塗るのはやはり自分でしました。自分の家を自分らしいスタイルにできるのも一つの楽しみですね。冬に見られる面白い生活習慣もあります。例えば、ロシアでは厳寒の真冬でも洗濯物を外で干す人が多いです。多くの国では洗濯物を外に干す習慣がないようですが、ロシアを訪れれば、アパートの窓から洗濯物を干す様子がよく見かけます。冬は普通日中でも外は氷点下ですから、洗濯物なんて乾くはずがないと思われるかもしれませんが、実はそうでもありません。冷凍庫に入れておいた氷が、いつの間にか小さくなる現象と同じです。水は氷の状態でも少しずつ蒸発するのです。外に干した洗濯物は、あっという間にがちがちに凍りつきます。ですが夕方に撤収する頃には、半分くらい乾いているので、そのあと暖かい室内で乾かせば、乾きも早いです。それに外で干した洗濯物には独特の清涼感があります。 

私は富山に住んで5年目となりますが、いつも「ロシアにあり日本にはなくて困るものは何ですか?」と聞かれるとき、やはり「セントラルヒーティング」と言います。外は寒くても、家の中は暖かく過ごせるロシアの冬が好きです。さらさらの雪で雪だるまを家族で作れるし、びしょびしょになりません。しかし富山の冬はあまり氷点下にならないため、道はロシアほど凍結していないので、運転もしやすいし、除雪もより楽ですし、それぞれにロシアの冬と日本の冬には「楽しむ」点と「困る」点を述べられると思います。 

しかし、冬を暖かくするのは外や室内の気温ではなく、一緒にお正月を祝い、家族や友達と楽しい日々を過ごしながら、一緒に作る思い出こそが冬を暖かくしてくれますので、ぜひ今年も素敵な思い出をたくさん作りながら寒いはずの冬を「暖かく」過ごしましょう。皆さんに「ロシアはどんなところですか?」と聞いたら、「寒い国」というイメージがあるのでしょうか。私は今日、ロシアの冬について話したいと思います。

 


 "日本人の自然保護"  司 頴 (中国)

61日初めて富山県に来て、2か月間ほど生活しました。とても面白いことに気付きました。それは、動物と人間の距離です。よく田んぼの中、木の上にサギなどを発見し、林道を走っていると、猿、熊などを見かけたこともあります。中国等の国で、動物園へ行かないと見られない風景が日常生活のなかでよくみられるのは、私にとってはとても楽しいことです。先日立山登山した時、本当はとても奇麗な景色だそうですが、濃霧に強風で、ほとんど何も見えませんでした。でも、そのおかげで、立山の山頂で一匹の雷鳥を発見しました。雷鳥は雷、曇り等、鷹などの天敵にみられにくいときに現れるそうです。当時、たくさんの人が集まってきて、写真を撮っていました。その雷鳥は逃げるどころか、まるでアイドルのように、いくつかのポーズをして、楽しんでいるようでした。おそらく人間に傷づけられたこともないし、仲間からそういう話も聞いていないでしょうね。

  中国では道を歩いてスズメ、ハト等の鳥と出会うと、2メートルぐらいの距離で、必ず逃げて飛んでしまうけど、日本の鳥は逃げるどころか、道を開けてもくれませんでした。歩くときはまだいいですが、走っている車なら、必ず急ブレーキなどの緊急措置を取るので、鳥にとっても人間にとっても非常に危ないことだと思います。日本では新人なら必ずオリエンテーションを受けます。もし日本の鳥が外国へ行ったら、現地の鳥にオリエンテーションしてもらった方がいいと思います。

  鳥と言いますと、サギ、ツバメ、雷鳥等の鳥は喜んでみていますけど、カラスの大きさと多いことにはびっくりしました。毎日の出勤で、松川沿いの散策道を歩くことが大好きです。両岸に百年以上の樹齢の桜の木が植えられてあり、花はとっくに散りましたけど、朝、木の下を歩いたらとても元気になります。でも、途中で必ず3羽のでっかいカラスが現れます。羽が真っ黒で、つやつやしています。まるでその道は彼らの領地のようにいつもそこで散歩しています。カラスの目を見たら、相当いやそうな目で睨まれてしまいました。もともと中国ではカラスは不吉な鳥とされ、睨まれると、なおさら怖くなり、毎日そこを通る時、必ず「お邪魔します。」と心の中でつぶやきながら、速く通って行くようにしています。日本で生まれたカラスは本当にラッキーだなと思っています。

昔から、地震、台風、津波、火山などとたくさんの自然災害を受けてきた日本人は、自然にこんなに優しくしていると知って、とても興味深く感じています。


"運転の夢、免許取得の悪夢"  エヴェルソン・レモス (ブラジル)

日本の東京のような大都会では、自動車を所有するのはどちらかというと、不便かもしれない。しかし富山のような田舎に住んでいる我々には、車は時間を気にせず行き来できる自由の鍵だと言ってもよい。更に、道路の質の高さと渋滞の少なさから見ると、富山は運転が楽しい場所だ。私の出身国ブラジルでは、どの車でも日本の値段より3倍ぐらい高いし、出身地サンパウロの交通は世界的にも最悪レベルだ。私にとっては、富山で愛車を運転するのは極楽だ。

しかし、その極楽に入る前には、少しの煉獄経験が必要だった。

ブラジルから有効の運転免許を持ってきたので、その免許を日本の免許に切替える機会に恵まれた。カナダ、ニュージーランド等23ヶ国で発行された免許の所有者は試験なしで切替えができるが、私は「残りの国」の者なので、2つの試験を経験することとなった。

一つ目の試験は筆記試験で、質問は9ヶ国語から好きな言葉を選んで、10問に答えるのだ。信じられないほど簡単な試験だ。「覚せい剤を使用した後でも、使用量が少なければ運転してもよい。正しいか正しくないか」等の質問だ。「知識確認」より「常識確認」だ。私はそれほど非常識ではないので、当然合格した。しかし、実際の勝負は技能試験にある。富山では、受験者は決まったコースを暗記して、そこを細かく決まった操作をしながら走らなければならない。例えば、進路を変更するには、①、ルームミラーを確認 ②、右ミラーを確認 ③、右肩の上を見て確認 ④、ウィンカーを入れる ⑤、②と③を繰り返す ⑥、前をしっかり見る ⑦ ハンドルを切って進路を変更する、という操作をきちんとその順序にしなければならない。それはたった一つの例であり、他に車に乗るとき、発進するとき、右折のとき、左折のとき、それぞれに同じような操作の順序が決まっている。

先ほどコースの暗記と書いたが、富山では試験が更におもしろく、3つの違うコースがあり、試験当日にくじ引きでコースが決まり、受験者には試験の一時間前に知らせる。コースを覚えるために、試験までの時間に受験者がコースを歩いてもよい。

法律上、自動車学校に通わなくても試験は受けられる。しかし、試験官と学校の指導員にしか採点方法がはっきりわからない。

そのミステリーは指導員と試験官と受験者との関係をめぐる諸説を生んだ。例えば、試験官は指導員が推薦する受験者しか合格させないと思う人がいる。また、試験に100点満点を取らないと誰も合格できない、従って専門的指導を受けなければならないと思う人もいる。他にも、きちんとした服装で得点できると思う人もいる。

事実上、自動車学校を通らないと、外国免許切替えの試験での合格率はとても低い。

警察にとっては、独学して試験を受けようとする人は少ないほどよいことだろう。一方、独学の可能性を信じる受験者にとっては、自動車学校に入る「義務」はとても気に入らないことだ。

慰め話を言うと、日本で初めて免許を取ろうとする人の方が長い時間と高い金額をかけないと免許が取れない。だいたい3ヶ月、30万円ぐらいだ。外免切替えの場合は、何週間かで、3万~6万円ぐらいで日本の免許が手に入るだろう。

終わりよければ全てよしだし、仕様がないから頑張ろうね。私も、今度は大型にチャレンジするか。

 

"英訳に困る日本語の言葉トップ10"  堀口陽世 (アメリカ) 

翻訳や通訳は単に言葉を入れ替えるものではありません。言葉というものは科学的な仕組みだけではないのです。言語どちらも理解していても、想像力を生かさないと良い訳は出来ません。文法が正確でも、不自然な文章になったり発想がおかしくなったりします。

さて、「英訳しにくい日本語」とすると日本人でも文化として意識している「建前」や「教育ママ」などが挙げられます。しかし、意外と「普通」の日本語で私はいつも困っています。ここで、私の「英訳に困る日本語の言葉トップ10」を紹介したいと思います。(順不同)

・「魅力」〜 観光関係の翻訳でよく出ますが、適する直訳は英語に無いので、文脈によって「appeal」や「attraction(「名所」の様な意味)や「feature(特徴)にしています。

・「等」〜 私も日本語に使うのが好きですけど、英語では「and so on」や「etc.」と正式な手紙や出版物に書くことはだらしない感覚です。

・「〜づくり」〜 日本は何でも「つくる」ことができますね!しかし、英語では「自然をつくる」ことはできませんし、「未来をつくる」は不気味な感じがします。

・「立地」〜 企業関係の翻訳によく出ます。「Location」と訳されていることがありますがそれでは「場所」なので、違いますよね?

・「元気」〜 外国人が好きになる言葉です。「元気ですか?」「早く元気になって!」「あの人は元気な人」など使い方は様々ですが、英語にはありません。

・「ふれあい」〜 「ふれあい動物園」は「petting zoo」ですが、「ふれあい広場」や「地域の人とふれあう」となれば怪しそうなことにならないように気を付ける必要があります。

・「よろしく」〜 日本人はいつも口にしますが、英語には「よろしく」はありません。完全に抜くか、「I look forward to working with you(「あなたと仕事をするのを楽しみにしています。」)に変えています。

・日本の地名 〜 例えば、立山は「Mount Tate」か「Tateyama」と表記するのか毎回迷います。富士山は「Mount Fuji」が一般的ですが、「マウント・タテ」では何故か違和感を感じませんか?

・日本語では抜けているもの 〜 日本語では「私」や「我々」と言わなくてもいいですが、英語には必要です。また、日本語には複数形が無い言葉がほとんどですが、英語では大体必要です。日本語には大文字と小文字が無いので普通名詞と固有名詞の区別が出来ないこともあります。

・日本独特なもの 〜 「寿司」や「酒」はそのままローマ字英語でも通じます。しかし、「温泉」や「和菓子」は訳すかローマ字にするか迷います。

このように言葉の表し方を判断するのも私の毎日の仕事です!

 

 

 

"ロシア語とチェコ語"  シェルバチュク・アナスタシア(ロシア)

皆さん、ズドラーストブイチェ!今日は、スラブ語派に属するロシア語とチェコ語の共通点と相違点について少し話したいと思います。

去年私はチェコに旅行しましたが、出発する前にチェコ共和国の文化と言語に関するサイトとガイドブックを読みました。チェコは何度も訪れたいと思える素敵なところです。そして私がそれほど早くチェコに慣れ親しんだのは地下鉄が分かりやすくて、人は皆親切で、そしてチェコ語には発音がロシア語に似ている言葉があるからなのでしょう。
 
ロシア語とチェコ語は、イギリスとアメリカの英語ほどではないですが、2つともスラブ語派に属しているため共通点が沢山あります。ロシア語はキリル文字を利用し、チェコ語はラテン文字を使っていますが、沢山の言葉は発音的に似ています。ロシア語が話せたら、チェコを散歩しながら、多くの看板の内容が分かるということに気付き、数日滞在すれば現地の人に話しかけ、簡単な表現を理解するようになります。例えば、「こんにちは」という言葉はロシア語で「ドーブルイ・ジェー二」、チェコ語で「ドーブルィ・デン」、「いくらですか?」はロシア語で「スコーリコ・ストーイット?」、チェコ語で「コリック・ト・ストイ?」です。よく似ていますよね。
 しかし、発音は一緒ですが、意味が全く違う場合があります。ここで失敗しないようにするのが大事ですね。ロシア語の「ポゾール」(恥辱)はチェコ語では「注意!」の意味になり、ロシア語の「チョールストヴィイ・フリェープ」は“堅いパン”の意味で、チェコ語の「チョールストヴィ・フレブ」は“新鮮なパン”です。ロシア語の「ストゥル」(椅子)はチェコ語では“机”の意味になり、ロシア語の“果物”を意味する言葉はチェコ語の「オーヴォツェ」で、どちらかというとロシアの果物ではなく、野菜(「オーヴォシ」)に近いですね。ある言葉はまさにロシア人にとって笑いの種となったりします。チェコ語の「ヴァニャーフカ」は香水(ロシア人にとって「臭い物」に聞こえる」、「リェトゥシカ」はスチュワーデス(ロシア人にとって「飛んでいるもの」に聞こえる)、チェコ語の「クラスナヤ・ジャバ・ウジャースノ・ヴォニャーエット」は「綺麗な女性はいい香りをする」という意味をするのに対し、ロシア人にとってこの表現は「赤いヒキガエルはひどい匂いがする」になってしまいます。チェコの「オクロック」はきゅうりですが、ロシア語ではタバコの吸い殻になり、「ポガンカ」はソバの実だが、ロシア語では毒キノコになります。このような例はまだまだあります。しかしこのような「意味が異なる言葉」が一番早く覚えますよね!
 「言語の旅」はいかにも面白いものになります。私はこれから他のスラブ語派の言語についても調べたいなと思っています。


 

 "韓国人は食べることが大好き?!"  林眞(韓国)

 「みなさん、ご飯は食べましたか?」えっ!?なんでいきなり私はこんなとんでもない質問をしているのでしょうか。その理由はみなさんに面白い韓国の文化を紹介したいからです。韓国人は「ご飯は食べましたか。」という質問を挨拶の代わりによく口にしています。

「おはようございます」の代わりには「朝ご飯は食べましたか?」を、「こんにちは」のかわりには「昼ご飯は食べましたか。」を、もちろん「こんばんは」の代わりは「夕ご飯はたべましたか。」です。ここでの「ご飯食べましたか」という質問はほんとうに食事をしたかどうかについて知りたいから聞くのではなく、軽い挨拶に過ぎないという事実が大事です。なので、韓国人がみなさんに「ご飯食べましたか?」と聞いてきた場合には‘いや、肉を食べました。’あるいは‘パン食べたよ’と余計な説明を加える必要はありません。

 そして、韓国人は久しぶりに会う人には「今度、一緒にご飯でも食べましょう。」という言葉をよく言います。もちろん本気であなたと久しぶりに食事でもしながら話し合いたいと思っている人もいますが、大体の場合は単なる挨拶にすぎません。なので、自分を食事に誘ったのに、何カ月経っても連絡してこない韓国人の友達がいたら大目にみてください。

韓国の挨拶が‘アンニョンハセヨ’ということぐらい、豊かな知識の持ち主であるみなさんならよくご存じだと思います。でも、なんで韓国人は食事に関する言葉をアンニョンハセヨなどの代わりに言うのかについては、韓国人の私においても不思議な感じがしました。それで、ネットで調べてみると、何十年も様々な戦争などで苦しんでいた昔の韓国では食べ物があまりにも足りなかったのでそう言うようになったとの説がありました。本当かどうかはわかりませんが、韓国語の色々な表現を見てみると、確かに韓国人は‘食べる’という動詞が大好きなのは間違いありません。

面白い例を上げてみます。「年を食べる-年を取る」、「耳を食べるー耳が遠くなる」「お酒を食べる-お酒を飲む」、「一位を食べる-一位になる」、「ゴールを食べる-ゴールを取られる」、「心を食べる-決心する」、「愛を食べて育った子供-愛されて育った子供」などなど。このように‘食べる’に関する韓国語の慣用句は沢山あります。

みなさん!韓国人に出会ったら微笑みながらこう言ってみましょう‘ご飯は食べましたか’。そして、韓国人の私は‘食べる’ことが大好きです。


"お茶を楽しむ"   裴 静貽(中国)   
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 わたしはお茶が好きです。子供の頃から父親がお茶を飲んでいるのをずっと見ていたからです。中学校の頃から天気のいい日、祖父と親子二人で中庭で暖かい太陽を浴びて、のんびりお茶を飲んでいたそうです。会話は余りしなかったけど、親子でお互いに何でも分かるという感じだったそうです。

 日本の方は中国茶と思うと、「ウーロン茶」というイメージが浮かぶそうですが、実はウーロン茶はその中の一種類だけです。中国茶は発酵程度によって大別すると、緑茶•青茶•紅茶•黒茶に分けられます。緑茶は無発酵茶で、つまり茶葉を摘み取ったあとに加熱処理を加え、茶葉自身に含まれる酵素による酸化発酵を極力抑えたお茶です。葉緑素、ビタミンなど多く保存されていて、放射線防止や美白効果があります。緑茶は中国本土で消費される中国茶全体の消費量の78割を占めています。また、中国ではよく白磁の湯呑み茶碗を使い、緑色の若葉と芽が白磁の中で徐々に広がるのを見るのも楽しみの一つです。代表的な緑茶は龍井茶、碧螺春、黄山毛峰などです。中国の緑茶と日本の緑茶とどこが違うかというと、この加熱処理の仕方です。日本の緑茶は蒸して発酵を止め、中国のお茶は釜炒りで発酵を止めます。

 ウーロン(烏龍)茶は、中国茶のうち青茶と分類され、茶葉を発酵途中で加熱して発酵を止め、半発酵させたお茶です。中国の福建省、広東省、台湾などのいわゆる華南文化圏が主産地で、以上の地域で愛飲されています。私の場合はサントリーのペットボトルのウーロン茶が上海に入ってから(1996年)初めて飲んだのです。ウーロン茶重合ポリフェノールという烏龍茶特有のポリフェノールが含まれており、これは脂肪の吸収を抑え、脂肪分解を促進する働きがあるため、ダイエットによいとされるので、飲用地域が拡大しています。代表的なものは鉄観音、武夷岩茶、東方美人などです。

 紅茶は茶葉を乾燥させ、徹底的に揉みこむことによって酸化発酵を最後まで行わせたお茶です。紅茶と呼ばれるのは、茶碗に淹れたお茶の色が赤くなるからです。代表的なものは祁門紅茶、英徳紅茶などです。

 プーアル(普洱)茶は黒茶の代表格で、後発酵を行わせたお茶です。ラストエンペラー溥儀の記述に、「宮廷では夏は龍井茶を飲み、冬は普洱茶を飲む」という内容がありました。他のお茶とは異なり、新鮮なものではなく長期に亘って発酵させたものが珍重され、数十年を超えるようなビンテージ品は、希少価値の高さもあり、高価で取引されます。産地は雲南省の特定地域に限られています。昔、雲南省の茶とチベット地域の馬を交換する茶馬貿易があって、そのロード「茶馬古道」は現在、神秘的な存在となっています。

 

 私の家では、父は好みでもっぱら緑茶を飲んでいて、主人はダイエットのため、よくウーロン茶を飲んでいて、私は気持ちによりいろいろな種類を楽しみます。皆さんもいろいろなお茶を楽しんでみませんか。

 


 
"アメリカ人とは?"  堀口陽世(アメリカ)

  こんにちは。1月に来日したばかりのアメリカからの国際交流員です。しかし、私は顔も名前も日本人で日本語も話せるので、このように自己紹介をしたらよく「えっ、日本の方ですか?」や「でも日本人でしょう?」と聞かれます。日本では「~人」、「自分の国」という感覚がアメリカとは全く違うのでどこから話をしたらいいか分からなく、いまだに無言になってしまうこともあります。

 日本では大体「血=国」ですよね。アメリカからの白人の子供が幼い頃から日本に永住して、普通の日本人と変わらなく日本語能力ができても、なかなか「日本人」と呼ばれないと思います。

 しかし、アメリカは多文化の国です。私が育ったカリフォルニア州は特に色々な人種の人が多く、差別も知らず幸せな生活を送っていました。小学校では毎年多文化まつりが行なわれ、自分のように家では英語以外の言葉を話す子も決して珍しくはなかったのです。白人や黒人のアメリカ人はもちろん、日本人以外に韓国人、中国人、ベトナム人、ロシア人、メキシコ人、インド人、イラン人、ハンガリー人、南アフリカ人などの移民者や祖父母と片言でしか話せない三世やハーフの友達もいました。しかも、子供心にこれは普通だと思い、当時はこのような経験の貴重さに感謝すらしていませんでした。

 日本と違って、アメリカで生まれれば自動的にアメリカ国籍になります。でも、「アメリカ人」というのは生まれた土地に限られていません。私は両親が日本人の上、大阪で生まれたのです。アメリカの文化や言葉を受け込み、アメリカに住んでいるうちに徐々にアメリカ人になってきたのです。

 また、「アメリカ人」とは国籍だけのことでもありません。当然に政府が認めるのは国籍ですが、「アメリカ人」というのは文化的や精神的な面もあり、はっきりするものではありません。アメリカでも実は1952年まで一世の日系人はアメリカ国籍の得喪を許されていませんでしたが、その中にも忠実なアメリカ人もいました。

 私は「日本人」を失った訳でもありません。どちらかと言えばアメリカ人ですが日本人の親に育てられたので場合によって日本人の考えかたや趣味になります。

 このように2つの文化があっても大丈夫だとやっと理解して、「アイデンティティ」という言葉を本当に理解したのは大学時代でした。これもアメリカで溢れる多文化の仲間と国際的な環境のおかげです。

 アメリカの人でも日本の人でもあります。よろしくお願いします。

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